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本当かどうかは・・・
ネットでウロウロしてたらおもしろいものをみつけました。
興味ある方はどうぞ

これは飛ばして先を読むのは厳禁らしいです。
ミホもやってる時にドキドキしながら一行づつ読んで進めました。
↓スタート(以下はコピペです)
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それから
17、18日と無事葬儀も終わり、小さくなって家に帰ってきました。

まあ~母と兄との3人でまわすのは大変でしたよ
「もう、お父さんなんでいないの!!」とね・・・
おばーちゃん時には父もいたので、4人でなかなかのチームワークだったんだけどね
いないと大変だなぁ~なんて改めて思ったよ。

父は長いこと町内会で役員をやっていたので、今回は町内会の方たちがはりきってお手伝いをしてくれました。
葬儀前に、来る人来る人が「町内会のみんなでやりますから」と言ってくれて、とても有難かったです。
ご近所の人も手伝わせてくれと言ってくれたんだけど、今回はお断りして町内会にお任せというかたちに。

泣き崩れる人や目に沢山涙をためて、話を聞いてくれる人・・・
ミホちゃんが心配でといってくれる人たち
現役は引退してるのに、とても多くの人達が見送ってくれました。
幼馴染が色々と連絡してくれたみたいで、懐かしい友達にもいっぱい会えたしね
寂しいけど、沢山の気持ちももらえました。

親の交友関係とかはそんなに詳しくわからなかったけど
あ~なかなかお父さんは上手い事お付き合いしてたんだなぁと関心しました。

びっくりしたのが、みなさんが言うのが「ミホちゃんはお父さん子だからね~」
お父さん子アピールなんかはしてなかったんだけど
父親との接し方でそう思われてたみたいです。
確かに大好きだけどね!
小さい時とか家で大騒ぎしてたのはお父さんとミホだったからね~
つまらないぜ・・・

んでも二人でデートしたこともあったし
お神輿も一緒に担いだし・・・お父さんの洋服を買いにミホが見立てたりしたし~まだまだ沢山沢山あるけど
病院で足のマッサージしたし、食べるのも手伝いできたし、酸素マスクで唇がカサカサで気になるみたいだったから、リップ塗ったり、ヒゲそったり・・・髪の毛整えたり
何よりも、誕生日の日にプレゼントとカードを持っていったんだけど
カードに「お父さん大好きだからね」と書けた事。

父「ミホから貰った手紙どこだ?」
母「さっき見たじゃん」と渡す
こんな感じで何回も見て、ニヤニヤしてたそうです。

ちゃんと伝えたいことは伝えたので満足。
欲を言ったらキリがないけど、だって早いもの・・・
でも後悔はしないようにと1日1日を大事に、家族で過ごせた1ヶ月と2週間。
無駄にはしなかったと思ってます。
別れ
しばらく更新できなくてすみませんでした。

9月13日に父が亡くなりました
おばーちゃんの時みたいに書いていこうかと悩んだんだけどね。

友引の関係やら熱中症でこの時期に亡くなる方が多いらしく
長丁場になるので、少しココに書く時間ができました。

6月頃から父がちょっと血圧が高いなんて話を聞いてたんですが
その頃から少し貧血気味らしく、通いの先生で毎月検査をしてました。
8月の頭にもしかしたら白血病かもしれないと言われ
通いの先生の紹介で近くの血液内科がある大きい病院に検査入院
えっと~それが6日だったかな・・・
白血病かもといわれてから、とにかくドラマの世界でしか知らない病気だったので、色々調べたりしてました。
そしたら、どうやら生ものが食べられないと言うことで
入院する前の5日に、元気に戻るようにと家族で父の大好きなお刺身を囲んで食事。
父の日にあげたお酒を飲めばいいのにとみんなで言っても
帰ってきてから飲む!と言って小さいコップに一杯の安いお酒・・・
結局これが最後のお酒になってしまった。

6日入院、もうその日に骨髄の検査をしました
胸の真ん中の骨に穴を開けて中から骨髄液を取るらしく
誰もが悲鳴をあげるぐらい痛いらしいと前もって通いの先生から驚かされてたせいか、検査が終わってから「どうだった?」って聞いたら
「なんてことなかったよ」なんて得意気に言ってました。

病名、急性骨髄性白血病
急性かと家族で落ち込みました・・・
ただ、今の医療は日々進歩してるというのと、父の場合は急性でも進行が遅めだったらしく、抗がん剤も普通よりも少量でいいとの事。
副作用もなく順調・・・
この時は先生も7割がた大丈夫と思ってたそうです。
ただ、抗がん剤の治療というのは、結局悪い菌も殺すけど良い菌も一緒に殺してしまうそうで、そこで父は肺炎になってっしまったのです。

もうそれからが、壮絶な毎日でした・・・
若い時に結核と肺炎で死に掛けてる父で、普通の人より肺が弱かったんです。
スポーツ万能だったんだけど、年とともに少し歩くと胸が苦しくなる
それでも普通に生活してるのはめずらしいと、よく先生に言われてました。
その弱点の肺をやられてしまい、しかも白血病なために抵抗力がない・・・

9月6日母が主治医に呼ばれて、二つの選択をせまられました。
肺炎の治療をしたら2週間
白血病の治療をしたら10%の確立でよくなる・・・しかし2週間よりも早まるかもしれない
悩んで悩んで・・・後から知ったんですが、丁度前の日に兄と「やれるだけの事やってだったら、まだあきらめがつくよね・・・」
なんて話してたそうです。
それで、先生に10%の確立にかけたいと言って白血病の治療を選んだんですけど。
そんな話をしてる間も肺炎の進行がやたら早く今度の日曜日9日が山かもしれない・・・と話が急展開。
先生が9日の日曜日は家族できて、なるべく長く楽しく一緒に過ごしてくださいと言われ、丁度4日が父の誕生日だったので、遅い誕生日会って事で兄も仕事を休んでみんなで過ごしました。
その日は「ありがとう、楽しかった~」と言ってくれたのを思い出します。
それから4日間、もの凄くがんばりました・・・
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